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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)11号 判決

原告 横浜勤労者音楽協議会

被告 東京国税局長

代理人 樋口哲夫 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、原告が横浜中税務署長を被告として別紙滞納金目記録載の入場税、加算税に関する課税処分取消しの訴えを昭和三九年九月八日横浜地方裁判所に提起し、右訴えが同裁判所昭和三九年(行ウ)第一〇号課税処分取消請求事件として現在係属中であること、被告が国税通則法第四三条第三項に基づき、横浜中税務署長が原告に対して課した入場税等の徴収の引継ぎを受けたうえ、昭和三九年一一月一二日右入場税等の滞納処分として別紙差押物件目録記載の物件を差押えたこと、原告が同年一二月七日被告に対し右差押えについて異議を申立てたところ、被告が昭和四二年九月二日異議申立てを棄却し、右決定書の謄本が同年一〇月二七日原告に送達されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は右処分が違法であるとして、その瑕疵を、(1)執行方法が正常性を欠き、国税徴収法に違反している。(2)国税徴収法第一四四条に違反する。(3)同法第一四五条の運用に誤りがある。(4)本件差押処分は他人の財産をも差押えたから違法である。(5)本件差押処分は納税義務のないものに対して行なわれたもので国税徴収法に違反する。との五点について指摘するので、以下この指摘の順序に従つて瑕疵の有無を判断する。

1  執行方法が正常性を欠くとの点について

原告は、被告が本件差押えにあたり、国税局員三、四〇名を差向け、新聞記者を帯同し、かつ、私服刑事四、五〇名を周囲に配備するなど、大げさな行動をとつたが、これは一般世人に原告が恰も犯罪団体であるかのように宣伝する目的があつたものであり、かりにそのような目的がなかつたとしても、権限行使の方法が正常性を欠いているから違法であるし、またこのような方法は差別的な取扱であつて比例の原則ないし平等の原則にも違反し、裁量権の著しい濫用であると指摘する。

ところで、当日差押えのために原告方事務所へ差向けられた国税局の徴収職員数が三、四〇名であつたことを認めるに足りる証拠はなく(この点に関する証人六車辰男の証言はあいまいであつて信用できない。)、また、本件差押えについて、被告が新聞記者を帯同したり警察と連絡して私服刑事四、五〇名を事務所の周囲に配備させたりしたことを認めるに足りる証拠もない。尤も、当日差押えのために差向けられた被告側徴収職員は二八名であつたこと、および、被告が所轄警察署長に対してあらかじめ警備の措置を求めたことは被告の認めるところであり、そして弁論の全趣旨によれば、滞納処分のために二八名にものぼる人数を動員し、また、あらかじめ警察に連絡して警備の措置を求めることは、通常の例からいうとやや大規模な方法であるごとくに見られなくもない。しかし、このことから直ちに被告には原告を犯罪団体であるかのごとく世間に宣伝しようという意図があつたとはとうてい推認できない。のみならず、証人松岡勝二郎の証言によれば、原告の事務所には、本件処分より以前にも税務職員が入場税等の納付方を催告に行つたことがあるが(昭和三八年六月頃税務職員が入場税の支払の催告に来た事実は原告の認めるところである。)、その際原告事務局員や支援団体によつて妨害を受けたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。してみれば、右のような前提の下では、差押えに関する事務の円滑な遂行をはかるために常時よりもやや多数の職員を動員したり、或いはあらかじめ警察に連絡をとつて不測の事故の発生に備える等の挙に出ることを目して、国税局長としての権限行使の方法が異常であつたとはいえないし、比例の原則ないし平等の原則に違反するものともいえない。また、その他本件差押えが異常であるとか、比例の原則ないしは平等の原則に反すると判断されるような事情を認めるに足りる証拠はない。

2  国税徴収法第一四四条に違反するとの点について

原告は、弁護士山内忠吉が本件差押えの基本債権である入場税の賦課処分の取消訴訟の原告代理人であるから、国税徴収法第一四四条にいう「第三者」に該当し、捜索の立会人として適格があり、従つて原告事務局長は同弁護士を立会人と定め、被告側徴収職員らに対し、山内弁護士が来るまで捜索差押えを待つように要請したが、徴収職員らはこれを無視し、横浜南税務署の職員二名を立会人としたけれども、もともと立会人の選択権は滞納者にあるから、被告によるかのような一方的な選択は許されないばかりでなく、横浜南税務署の職員は被告の配下にある者であるから、立会人としての資格を有しない点においても違法であると主張し、少なくとも、原告事務局員らが捜索の開始にあたつて、「弁護士を呼ぶから待つてくれ」と徴収職員に申入れたこと、および徴収職員らがあらかじめ立会人として横浜南税務署の職員二名を帯同し、この二名を捜索の立会人としたことは当事者間に争いがない。

よつて考えるのに、国税徴収法第一四四条は「徴収職員は、捜索をするときは、その捜索を受ける滞納者若しくは第三者又はその同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものを立会わせなければならない。この場合において、これらの者が不在であるとき、又は立会に応じないときは、成年に達した者二人以上又は市町村の吏員若しくは警察官を立会わせなければならない。」と規定しているが、ここにいう「第三者」とは一般に広い意味で用いられる「当事者以外のすべての人」を指すものと理解すべきではなく(もしそうであれば、これに続く「その同居の親族若しくは使用人その他の従業者云々」なる限定は無意味となる。)、前後の規定との関係で目的論的に理解すべきである。しかるときは、本条は、第一四二条第二項の規定を受けて定められていることが明らかであるところ、同項は「徴収職員は、滞納処分のため必要がある場合には、次の各号の一に該当するときに限り、第三者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる。

一、滞納者の財産を所持する第三者がその引渡をしないとき。」と定めているので、第一四四条にいう「第三者」とは、滞納者以外の者で滞納者の財産を所持する者を意味すると解するのが相当である。してみれば、原告のいう山内弁護士は本件ではもともと国税徴収法第一四四条にいう「第三者」にはあたらないというべきである。そうだとすれば、結局、原告は「第三者」としての立会人の資格のない者を呼び、その者が到着するまで捜索を待つように徴収職員に申し出たこととなり、これは結果的には国税徴収法第一四四条第二項にいう「これらの者が立会に応じないとき」にあたるというほかはなく、かつ、その場合に徴収者側に立会人の選択権があることは論ずるまでもないから、徴収職員において、同項の定めるとおり成年に達した二名の横浜南税務署員(これらの者が成年に達したものであることは、弁論の全趣旨から明らかである。)を立会わせたことは適法といわなければならない。従つて、本件捜索には原告の指摘するような国税徴収法第一四四条違反の瑕疵は存しない。

3 本件差押処分において国税徴収法第一四五条の運用に誤りがあるとの点について

原告は被告の徴収職員らが本件処分にあたつて原告事務室の出入禁止をしたが、国税徴収法第一四五条第四号該当者であるため出入禁止をしてはならない山内弁護士の原告事務室への入室を拒否した違法があると主張する。そして、徴収職員らが本件処分に際し、国税徴収法第一四五条に基づく出入禁止権を行使し、原告方ビル二階の原告事務室入口ならびに一階出入口に滞納処分のため出入禁止をする旨の掲示をしたこと(但し、その時刻については争いがある。)、その後山内弁護士が到着し(この時刻についても争いがある。)、一旦は入室を拒まれたが結局入室することができたことおよび同人が入室したときは、差押物件の保管方法につき徴収職員と原告事務局員との間で押問答の最中であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

証人山内忠吉、同松岡勝二郎、同伏木清吉の各証言によれば、山内忠吉弁護士は、同日午前一〇時すぎ頃横浜駅東口付近にある同人の弁護士事務局にいたが、原告から電話で、原告事務所が国税局により差押処分を受けようとしているから、同弁護士に立会人になつて貰いたいので至急来てほしい旨の連絡を受け、直ちにタクシーで原告事務所に向い、午前一〇時二〇分ないし三〇分頃到着したが、既に同事務所の入口は徴収職員によつて出入禁止の措置がとられていたこと、山内弁護士は最初名刺を示し、自分は弁護士であり、本件差押えの立会人として呼ばれたものであると述べたが入室を許されなかつたので、さらに押問答の末、自分は労音の代理人であるとも説明したが、資格が明らかでないとの理由で入室を断られたため、一旦入口を離れ、所持していた六法全書を開いて国税徴収法の本件該当条文のあたりを調べたところ、同法第一四五条第四号に出入禁止の除外者として「滞納者の国税に関する申告、申請その他の事項につき滞納者を代理する権限を有する者」とあり、単に弁護士の資格を有する者であるとか或いは立会人になつてほしいと依頼された者であるというだけでは、いまだ出入禁止の除外者ということはできないが、山内弁護士のように、既に差押えの基本債権に関して、不服の訴訟の委任を受けている者であれば同号に該当する除外者といいうるものであることを知り、再び入口に戻り、徴収職員に対し、右条文を示しながら、自分は原告の代理人として本件差押えの原因である入場税の賦課処分の取消しの訴えを横浜地方裁判所に提起しているものである旨、同人が除外者に該当する所以を具体的に申述べた結果(なお、同弁護士が右取消しの訴えの訴訟代理人であることについては、当事者間に争いがない。)、ようやく徴収職員らの納得を得て入室することができたものであることを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。右の事実からすれば、本件処分の際における立入禁止の除外者に該当する山内弁護士は、一時的にせよ徴収職員によつて立入りを拒絶されたものではあるが、それは、主として同弁護士が徴収職員に対し、当初単に「自分は弁護士である」とか、「立会人として呼ばれた者である」とかいつたことを口走るので、正確に立入禁止の除外者としての要件を明らかにしなかつたために、徴収職員らが同弁護士が原告との関係で有する具体的な資格を充分に把握できなかつたためであると解せられる。してみれば、徴収職員がなした山内弁護士に対する一時的な立入り拒絶行為は、やむをえないものであつて、なんら違法の措置ではないと解するのが相当である。従つて、その結果山内弁護士が入室した時に、既に本件処分が差押えた物件の保管方法の接衝段階にあつたということは、右の一時的立入り拒絶の適否には、なんら影響を及ぼすものでないことはいうまでもない。よつて、本件処分につき、国税徴収法第一四五条の運用に誤りがある旨の原告の主張は失当である。

4 本件差押処分において、他人の財産をも差押えたから違法であるとの点について

原告は、被告が本件差押えにおいて第三者の所有にかかる物件の差押えをしたから違法であるというが、かりにそのような事実があつたとしても、これによつて不利益を受けるのはその第三者であつて原告ではなく、原告はそのような差押えによつてなんらの影響も受けないのであるから、結局、原告がかかる事実を違法であると指摘することは、行政事件訴訟法第一〇条第一項にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」の主張にほかならず、その指摘自体が失当であること明らかである。

5 本件差押処分が納税義務のないものに対して行なわれたから国税徴収法に違反するとの点について

成立に争いのない甲第二号証および証人松岡勝二郎の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、本件差押えの基本となつている国税は、昭和三一年の源泉徴収の所得税、昭和三七年、同三八年および同三九年の入場税ならびにこれらに伴う附帯税であることが認められるが、これらの税につき原告が納税義務を有しないと認めるに足りる証拠はない。尤も、これらの税金のうち別紙滞納金目録記載の入場税等については、原告がその課税処分の取消しの訴えを横浜地方裁判所に提起していることは、当事者間に争いがないが、このような訴えの提起があつたからといつて、そのことだけでは差押えが違法となるものでないことは、明文の示すところである(行政事件訴訟法第二五条第一項参照)。よつて、この点に関する原告の主張も採用に値しない。

三、以上のとおりであつて、本件処分には、原告指摘のごとき瑕疵は全く認められず、結局、本件処分は適法というべきであるから、これが取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 小木曽競 海保寛)

差押物件目録、滞納金目録(省略)

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